38歳で第一子を出産した未来(みく)さん。仕事中心の生活を送り、子育て中の友人も周りにいない——そんな彼女が妊娠中から抱いていたのは「私、産後うつになるかも」という危機感でした。
だからこそ、産後を「チームで迎える」ための準備を入念に行ったといいます。家族、友人、区の制度を通じた産後ドゥーラ*や助産師のケアなど、多様なサポートを得て「眠れない夜」を乗り越え、自分のペースで母としての時間を楽しんでいる未来さんに、お話を伺います。
* 産後ドゥーラ:出産後の家庭に訪問して家事・育児・心のケアまでを担う専門的な支援者。ベビーシッターや家事代行とは違い、「お母さん自身の回復と安心」に主眼を置いて寄り添ってくれるのが特徴

サトウ未来さん。スリープテックの会社「Lifree株式会社」を立ち上げ、「睡眠からビジネスパーソンを元気にする」というコンセプトで健康・コンディション作りのサポートを行っている。2024年4月、第一子を出産。品川区の産後ケアをフル活用しながら夫婦で育児に奮闘中。子育て情報やリアルな気持ちを綴ったブログもぜひ!
妊娠中から産後の不安があったからこそ、早めに準備
——妊娠がわかったとき、どんな気持ちでしたか?
喜びや楽しみが大きかった反面、「産後うつになるかも」という不安もありました。というのも、妊娠前は仕事中心の対人関係で、よく遊ぶ友人は子育て経験を持つ人がほぼいない状況で。仕事を続けることへの不安はありませんでしたが、なにしろ子育ては初めてなので(笑)、自分にその対応力があるのかどうか全くわからない。高齢出産ゆえの体力的な不安もあって、十分な準備をして臨まないとやばいぞ、と思いました。
——具体的にどんな準備をされたのでしょうか?
まず、「産後うつになるかもしれない」と、あえて妊娠中から周りに伝えていました。実家が遠いので「困ったらよろしくね」としつこく頼んでおいたり。一緒に仕事している夫とも、どんな役割分担ができるか相談しました。
あとは、妊娠を機に昔の友人とつながり直しました。学生時代の友だちや田舎の同級生など、産後の状況や子育ての悩みを話せる相手がほしくて。LINEで写真を送り合ったり、ちょっとした愚痴を聞いてもらったり。何気ないやり取りだけで気が紛れるし、救われてます。
仕事柄、健康や幸福度が「人とのつながり」で変わることは、情報としても体験としても知っていました。孤独は健康によくない。それを自分自身に置き換えたとき、「産後こそ、つながりが資本になる」と感じました。
——公的な産後ケアを受ける準備はどのように整えましたか?
産後ドゥーラについては、妊娠半年ぐらいから調べ始めました。品川区のホームページで検索して、自宅に来てもらえる圏内の人や、どんな資格を持っておられるかなどをチェック。私の場合は、小児科勤務の経験がある方を選びました。事前面談で顔合わせができるし、予定日やサービス開始の希望なども伝えておけるので安心です。出産後、来て欲しいタイミングなどを改めて相談します。
人気のドゥーラさんは予約が埋まってしまうことも多いし、産後の心身共に余裕のない状況でHPを調べて予約して…というのはハードルが高いはず。事前に決めておくことを心からおすすめしたいですね。

たわいのない会話だけでも癒される、産後すぐのサポート体制
——産後ドゥーラの利用を始めたのはいつ頃?
最初の1ヶ月間は母が関西から来てくれたので、ドゥーラさんは母の滞在が終わった翌日からすぐに。いろいろ準備していても、予測できない事態や想像以上の大変さがあるのが育児です。私もやっぱりいろいろ大変で…周囲のサポートがなかったらどうなっていたことか。「お願いしておいてよかった」と心から思いました。
——ドゥーラさんからはどういったサポートを受けましたか?
週に1回、3時間ずつ来ていただいて、主に、大人のごはんと赤ちゃんのケア・見守りをお願いしました。「今日はこういうことをお願いしたいです」と毎回伝え、その日の状況に合わせて柔軟に対応してもらえるので本当にありがたかったです。
たとえば、最初の1時間で食事を作ってもらって、残りは赤ちゃんを見てもらう。その間に私は、ただただ寝ていられる──睡眠って本当に大切です。何も心配せずに眠れる時間があるというだけで、心の余裕が全く違いました。

——赤ちゃんのお世話や家事のサポートだけでなく、精神的な支えになってくださるんですね。
本当にそうです。私がお願いしていたドゥーラさんは60代で、お母さんみたいな安心感がある人です。たとえば料理を作ってもらいながら、たわいもない話をする。そういう何気ないやり取りが、とても貴重な時間になっていました。生後3ヶ月ぐらいって外出もままならないし、夫以外の大人と話す機会がないという人も多いと思います。ちょっとした悩みや相談事を気軽に話せることで元気になれたりするんですよね。
乳腺炎と睡眠不足からの生還。“記憶を取り戻した”入院型のケア
——乳腺炎にも悩まされたそうですね。
めちゃくちゃ大変でした。両方とも乳腺炎になってしまい、出産した病院にほぼ毎日通って治療を受けました。新生児を連れて病院に行くというのは、それだけで大変です。一緒だと処置ができないので、夫に付き添ってもらうしかなくて。自分たちで会社をしているからなんとか調整できましたが、もし夫が会社勤めだったら相当きつかったと思います。
——その状態がしばらく続いたんですか?
乳腺炎が落ち着いたのは9ヶ月ぐらい経ってから。最初の2ヶ月は症状もひどく、子育ての合間の連日通院で、私も夫もへろへろ。「もう通院しなくて大丈夫」と言われてからも不安定な状態が続いていたので、爆弾を抱えているような感じでした。
ここでも、外部のサポートに助けられました。品川区のサービスで「見守りおむつ定期便」というのがあって、月に一度、支援員がおむつ持参で来てくださいます。その際にいろいろな情報を教えてもらえたし、自分の必要なタイミングで助産師さんの訪問支援を受けられるサービスもあって、私はこれをおっぱいケアに使ったんです。自宅にいながら乳腺炎のお世話をしていただけるのは本当にありがたかったですね。
——産院での入院型ケアも利用されたとか?
はい。出産した産院で、産後2ヶ月目に3泊4日の入院型ケアを使わせてもらいました。これも品川区の制度で、出産後90日以内に使えるものです。乳腺炎の治療がようやく少しだけ落ち着いた、ちょうどそのタイミングで。

——どんな体験でしたか?
なんというか、記憶を取り戻したような感覚でした。それまで乳腺炎もひどかったし、ずっと眠かったし、赤ちゃんとしっかり向き合えていなかった気がします。とにかく必死にルーティンをこなすだけで、自分自身の記憶がない状態。でも、あの3泊4日でようやく我に返れて、「私、今ここで子育てをしてるんだ」と実感できたんです。
助産師さんたちと顔見知りだったので、「おばあちゃんやおばちゃんがいっぱい居てくれる」みたいな安心感に包まれていて。ごはんやおやつも美味しかったし、アロマオイルのマッサージも受けられるし。それこそ心身共に復活できましたね。
——そのほかにはどんなサービスを利用されましたか?
ベビーシッターにも助成金が出るので、月に2回、土曜日か日曜日にお願いしています。これは、私と夫がゆっくりできる夫婦の時間。こういう息抜きタイムも必要だなと痛感しています。
普段以上に大切な育児中の睡眠時間をどう確保する?
——未来さんは睡眠の専門家でもありますが、産後の睡眠についてはどう感じましたか?
想像以上につらかったです。こんなに寝られないんだ!と呆然としました。夜の睡眠が細切れになるのは覚悟していましたが、昼寝をしようとしても、気が張っていて眠れない。新生児の子育て中はアドレナリンが出ている状態なので、赤ちゃんのちょっとした声でもパッと目が覚めちゃう…。
——睡眠不足は精神面にも大きく影響しますよね。
そうですね。眠れない→イライラする→判断ミスをする→自己肯定感が下がる→さらに落ち込む…という、完全に負のスパイラル。マミーブレイン(産後に母親の記憶力や思考力などが低下する状態)もあるし、「うまくできてない自分」にどんどん自信をなくしていってしまう時期だと思います。
私自身、「睡眠って大事だよ」と普段から人に伝えている立場ですが、産後はその大切さを自分自身で思い知りました。
——眠れないとどうしても焦ってしまいますが、そんなときはどう対処するのがよいのでしょう?
昼間、30分でも、難しければ3〜5分でもいいので、横になることです。「眠れなくても大丈夫。とにかく目を閉じていよう」と意識を切り替えるだけで、心が少し楽になります。目を閉じることで、視覚からの情報がシャットアウトされるので、それだけでも脳は休息できます。
ママがひとりで頑張ってなんとかしている現状って、多いと思います。つらいのに、やりきっちゃうんですよね。すごいなと思いますが、やっぱりどこかで無理が出てきます。数日だけなら無理もきくけれど、それが1年とか続くので。回復する時間をいかに確保するかは本当に死活問題です。
ひとりで頑張らず、チームで産後を乗り越えるために
——品川区の産後支援制度について、実際に使ってみてどう感じましたか?
妊娠中から産後、子育て全般にわたって、非常に充実しています。日本一、手厚いんじゃないかと思うくらい(笑)。私は利用できるものはすべてフル活用させていただき、本当に助けられました。
——産後ケアについて、明確な制度や使い方を知らない方も多いですよね。
本当に多いです。児童館に行くと、「夫は仕事で頑張っているんだから、育児は私がひとりで乗り切るのが当たり前」と頑張りすぎているママがたくさんいます。でも、ひとりで頑張る必要なんてないし、無理をしてしまったら育児を楽しむ心の余裕も持てません。
出産前は不安しかなかった私ですが、今は本当に娘がかわいくて仕方ないです。でもそう思えるのもいろんな形でサポートを受けてきたからかなと思っています。
先ほどもお話ししましたが、制度や受け方について産後に調べるのは大変です。ただでさえ寝不足でフラフラなんだから、調べ物をするより寝ていたい。しかも、ネットで調べて、申し込んで、アポとって…って、本当に心が折れますよね。
でも、もしも妊娠中に何も準備ができなかったとしても、出産した産院や訪問してくださる助産師さんから情報を得るチャンスはあります。児童館とかでも積極的に人と話して、情報を得てほしい。私自身「これくらいの料金で使えるよ」「私はこんな使い方をしたよ」などを具体的に伝えて、めっちゃおすすめしました(笑)。なぜなら、私自身が本当に助けられて、「使ってよかったな」と思えているので。

——最後に、これから出産する方、子育てを頑張っているママたちにメッセージをお願いします。
ママが本心から「赤ちゃんといるのが楽しい」と実感するためには、まず自分自身の心と体が整っていないと難しいですよね。夫、母、友だち、助産師さん、ドゥーラさん。みんなに「チーム」になってもらえたから、私はなんとか乗り越えられたし、娘のことを心底かわいがれる心の余裕も生まれたのかな。そして「2人目も素敵だな」と思えるようになりました。
ひとりで頑張らなくて大丈夫。妊娠中から自分の気持ちや心配な状況などを周りにしっかり伝えて、「頼る準備」をしておくといいと思います。かけがえのない子育ての時間を楽しめたらよいですよね。