予定していた穏やかな産休生活は、突然の破水によって一変しました──心の準備ができないまま、予定より2ヶ月も早く母親になった稲守彰子さん。我が子に会える喜びと同時に感じたのは、「早く産んでしまってごめんね」という罪悪感。計画通りにいかない現実の中で、彼女はどのようにして「産後ケア」という支えに出会い、自分自身を取り戻していったのでしょうか。

稲守彰子(いなもりあきこ)さん
ファッション誌の編集者として出版社に勤務しながら、現在1歳8ヶ月の女の子を育児中。予期せぬ早産をきっかけに、世田谷区の訪問助産師、宿泊型・日帰り型産後ケア、オンラインの育児コミュニティなど、様々な支援をフル活用。「頼れるものには全部頼ること」の大切さを実感している。
予期せぬ早産、「私がちゃんとした母になれるの?」という不安に包まれて
———まずは、出産時の状況から教えていただけますか?
予定日は2024年の5月だったのですが、実際には3月30日、妊娠34週で破水して、そのまま出産しました。3月15日に産休に入ってから2週間も経っていないタイミング。あれこれゆっくり準備をしようと楽しみにしていたのですが、産後ケアのことを具体的に調べる時間すらなくて・・・。赤ちゃんを迎える準備も、自分自身の心の準備も、全くできていない状態での出産でした。
———本当に、突然のことだったんですね。
そうなんです。私自身が5月生まれで、学年の中で早く生まれることのメリットを感じてきたので、娘も同じようになるんだなと思い込んでいました。保育園のこともあるし、「年度をまたぎたい」という気持ちが強かったんです。病院で「このまま産みましょう」と言われたとき、「待ってください!」と抵抗したくらい(笑)。でも、子宮口は開いているし、どうにもなりませんでした。
———お子さんが早く生まれ、ご自身の体もまだ回復しない中での新生活は?
娘は1ヶ月半、NICU(新生児集中治療室)に入院しました。私は産後、普通に退院し、その後は搾乳したおっぱいを持ってバスに乗り、病院に通う毎日。でも、病院に行っても、コットに寝ている我が子をじっと見ているだけなんです。なんだか「お母さんごっこ」みたいに感じられて、虚しい気持ちでした。
「私が早く産んでしまったせいだ」「私、ちゃんとしたお母さんになれるのかな」という罪悪感と不安が常にありました。入院中、娘の着替えをさせていいですよと言われても、「壊れちゃいそうで怖くてできません」と看護師さんにお願いする始末で・・・。
———必要以上に自分を責めてしまって・・・辛かったですね。
病院の近くで、当たり前のように赤ちゃんを抱っこして歩いているお母さんを見るたびに、「まだ4月なのになんで私のお腹はぺったんこなの?」「なんで私だけこうなっちゃったんだろう」と落ち込んで。メンタル的には、本当に辛い時期でしたね。
———産後ケアのことはどのくらい把握されていましたか?
存在自体は知っていた、という程度です。別の区で子育てをしている姉から、「世田谷区の産後ケアはすごく良いから、絶対に使ったほうがいいよ」と勧められてはいました。ただ、産前はもちろんでしたが、産後の混乱の中、自分で調べる余裕なんてなくて。代わりに夫が区の宿泊型産後ケアサービスを調べてくれ、登録手続きなども済ませてくれました。
日帰り型のサービスを受けて「私をケアしてくれている」と実感
———最初に利用されたのは、どのようなケアでしたか?
直接的なきっかけは、訪問助産師さんです。早産だったこともあり、娘はうまく母乳を飲めなくて。胸がカチカチに張って、痛みで夜中に泣くほどでした。「世田谷区 訪問助産師」と検索し、ホームページの印象が自分に合ってそうな所に連絡を取ったんです。
そして、来てくださった助産師さんが、その先の日帰り産後ケアにも繋げてくれました。というのも、そのときはすでに宿泊型の予約を取っていたので、「泊まりを使ったら、もう日帰りや訪問は補助対象外なのでは?」と思い込んでいて。でも、その方が「使えるはずだから確認してみて」とアドバイスをくださいました。
———結局、宿泊型も日帰り型のデイケアも活用されたのですね?
はい。もうフルフルで活用させていただいて(笑)、「世田谷区の産後ケアは手厚い」というのを実感しました。
———まず、日帰りケアについて教えてください。
私が通っていたのは「いなみ小児科」に併設されているデイケアです。先ほどお話しした訪問助産師さんに教わったところで、結局こちらに7回にわたってお世話になりました。
ここは私にとって本当に特別な場所。基本的には毎週金曜日に予約を取ったので、生活の中にリズムができましたし、何度も通ううちにスタッフさんや利用者とも顔なじみになり、“いつメン”に会える安心感も。1日3組限定で、とてもアットホームな雰囲気なんです。
———滞在されている時間、どんな風に過ごされたんですか?
一日6〜7時間お世話になるんですけど、どんな風にその日を過ごしたいか、都度確認していただけます。寝たければ個室で寝られるし、話を聞いてほしいと言えば雑談することもできました。授乳したければする、お任せしたければミルクを飲ませてもらえる。オプションでマッサージも受けられます。
ここですごくありがたかったのが、小児科に併設された産後ケアなので、先生の受診を希望すれば診てもらえることです。どんな些細なことでも先生に直接相談できるというのが、子育て初心者のこの時期は本当に貴重で。とにかく心強かったですね。
———そんな中でも特に心に残っていることは?
忘れられない出来事があります。当時、娘は頭の形を矯正するヘルメット治療をしていて、「私が早く産んでしまったせいだ」と自分を責めていました。ある日のデイケアで、ヘルメットの装着がうまくいかず、心の中にため込んでいた罪悪感や育児の不安が溢れてきて、娘を抱っこしたまま「えーん」って泣き出してしまったんです。
ある助産師さんが、泣いている私と娘を一緒に、大きなバスタオルでふわりとくるんでくれました。そして、娘ではなく私の背中を優しくトントンしながら、「大丈夫だよ。大丈夫」と。その瞬間「これは赤ちゃんのためじゃない。私をケアしてくれているんだ」と強く感じて、「ここに通い続けたい」と思ったんです。

「お母さんと赤ちゃんの写真って本当にないから、と。その気遣いがとてもうれしかったです」
———本当に温かい経験をされましたね。そんな「いなみ小児科」の後は?
日帰り産後ケアの助産師さんが「あなたは区の産後ケアサービス利用後も、まだ少し心配だから」と、3歳までの母子が一緒に過ごせる「クリニックおぐら」のデイケアを勧めてくれたんです。
———切れ目のないケアに繋げてくださったんですね。
はい。ここでも金曜日に通う習慣を維持しました。元々外に出たいタイプなのですが、産後はどうしても家にこもりがち。デイケアが「外に出る理由」になってくれました。少し遠回りしてカフェに寄ったり、お洒落なパン屋さんで買い物したり。いつもの生活エリアから出てちょっと自分を取り戻す時間でしたね。
私は人見知りで、最初はなかなか馴染めないんです。いなみ小児科でようやく“いつメン”と思える場所ができたんですが、デイケアに移ってまた振り出し。なかなか本音が言えず、無理をしてしまって、つい「ここに来る意味、あるのかな」と感じた時期もありました。言葉で伝えようとすると感情がコントロールできず涙が出てしまう時期だったので、伝えたいことを紙に書いて「読んでください」とスタッフさんに渡したりもしました。
不器用ながらも自分の気持ちを伝え、少しずつ自分の居場所を見つけられた感じ。結局、娘が保育園に入るまでずっとお世話になりました。

「産後ケアでもなければ外出しない時期だったので、季節を感じられて嬉しかったのを覚えています」
6泊7日の産後ケアで得られた、絶対的な安心感

———宿泊型のケアはいかがでしたか?
5月の後半、6泊7日で世田谷区の産後ケアセンターにお世話になりました。滞在中に私の誕生日があったんですが、「人生最高の誕生日!」と思ったくらい、ありがたい日々でした。
というのも、じつはその直前、精神的に追い詰められていたんです。産後すぐから実家の母が来てくれていましたが、母が帰り、夫もいないという、退院したての娘と初めて二人きりで過ごす日があったんです。夫を送り出して数時間後には、「このか弱い生命体の責任を私だけが負っている」というプレッシャーに耐えられなくなって。区役所に電話して「助けてください」と泣いていました。
———それほど追い詰められていたんですね…。
だからこそ産後ケアセンターでの日々は本当に救いでした。「自分が見ていなくても、子どもの命が守られている」という絶対的な安心感。あのプレッシャーから解放されることが、当時の私にとって何物にも代えがたいものだったんです。

———ゆっくり過ごされた中で印象に残っていることは?
滞在初日、ベテラン助産師さんから「おむつかぶれがちょっとひどいね」「毎日このお薬を塗ろうね、頑張ろうね」と声をかけていただいたんです。最終日にもその方が居て、「お母さん、頑張ったね。すごく綺麗に治った!」と褒めてくれて。母親としての自信が持てた瞬間でした。


ゆるやかなオンラインコミュニティと、「変化した自分」
———オンラインコミュニティにも参加されたそうですね。
思い返すと、複数の助産師さんから都度、必要な情報をいただいて産後を乗り切ってきたんですが(笑)、オンラインのママコミュニティの存在を教えてくださったのも助産師さんでした。
「ままこあ」という有料のコミュニティなんですが、理学療法士、睡眠コンサルタント、助産師などの専門家にオンライン上で相談できたり、ほかのママたちと交流したりできる場所です。決まった時間にZoomでつながって、少し先輩のママの話を聞き、自分の悩みも話してみる。「自分の子育て、これでいいの?」「みんなも悩んでる。大丈夫なんだな」と安心する機会になっていました。
オンラインでも人見知りは発動されましたが(笑)、諦めずにマイペースで関わり続けることで、心地よい繋がりが生まれるのを実感しました。今でも卒業生同士の交流があって、近くの人とは一緒にごはんを食べに行ったりしてゆるやかにコミュニケーションを取っています。
———一連の経験を通じて、ご自身の中で変化はありましたか?
ものすごく変わったと思います。出産前の私は「なんでも自分でできる、やりたい」と思っていました。「私は5月に産める」と信じて疑わなかったし、たいていのことは「自分でなんとかする」という性格だったんです。それが、予期せぬ早産に直面し、小さな命を育てる中で、「どうしようもないことってあるよね」と考えるようになっていきました。
いろいろな人や価値観に触れ、自分でコントロールしきれない状況にも多々出会ってきたおかげで、「できない自分を受け入れること」、そして「人に頼ること」を学べたんだと思います。
———今まさに同じように悩んでいるお母さんたちにメッセージをお願いします。
頼れるものには全部頼って、自分でやらなくていいことは遠慮なくお任せしていいと思います。私は助産師さんに教えてもらったことは、デイケアもオンラインコミュニティも、全部やってみました。それで良かったなと思っています。
人に頼ることは全然恥ずかしくないし、その方がみんな幸せになれるのではないでしょうか。
———お母さんが笑顔でいることは、家族の幸せに繋がりますよね。稲守さんのご経験とメッセージが、今この瞬間も一人で頑張りすぎているママたちへ、温かいエールとして届きますように。
※掲載されている情報は取材時のものです。ご了承ください。


