前回の記事では、産後期を迎える方々に向けた「泣いて、笑って、少しサボっていい」という福島富士子さんの温かいメッセージ、そして助産師が寄り添う“暮らしのケア”の姿を伺いました。今回は視点を少し広げ、自治体との制度づくり、地域助産師との協働、民間施設との連携などを語っていただきながら、個々の産後を支えるために社会がどのように動き始めているのかを探ります。

株式会社ハピランド代表/東京医療保健大学大学院 特任教授。
助産師として臨床経験を積んだ後、国立保健医療科学院を経て、
東邦大学看護学部教授・同学部長に就任。
世田谷区・和光市など自治体の産後ケア制度設計に携わる。
現在は行政・医療・地域・民間の連携を通じて「産後ケアを社会のインフラに」を掲げ、
地域で安心して支え合える仕組みづくりを推進している。
制度づくりに関わる中で見えてきた、“支援が届く瞬間”
——制度づくりに関わられるようになった背景には、どんな経験があったのでしょうか?
前回の記事でもお話しましたが、助産師として多くの出産に立ち会わせていただいた後、1990年代に国立保健医療科学院に移りました。当時は高齢者施策が政策の中心で、子育てや母子保健には十分な予算も関心も向けられていない状況でした。地域では助産師たちが日々の暮らしを支える重要な役割を担っていましたが、国レベルではなかなかその重要性も見えづらかったんです。
——取り組みを進める中で、印象に残っていることはありますか?
いろいろありますが、2003年頃に出生率3.14という数字を示していた沖縄県・多良間島を訪れたときのことはとくに印象に残っています。3人の子を持つお母さんに「どうして子どもを持つことに前向きなのですか」と尋ねたところ「年を取ったら子どもや孫に囲まれて賑やかにごはんを食べたい。それが私の夢なんです」とおっしゃったんです。
暮らしの中に人とのつながりや支えが当たり前のように存在すること。それこそが、子どもを産み育てる前提になるのだとあらためて気づかされましたね。
——確かにとても健全で温かい夢ですね。
ちょうど同じ時期に、わが子の小学校の卒業式があり、子どもたちが「将来の夢」を語る場面があったんです。みんなが口にしたのは警察官やケーキ屋さんなど職業や仕事のことばかりで、「幸せな家庭を作りたい」と言う子は誰一人いませんでした。
その光景を見て、社会全体が暮らしより仕事を優先する価値観に偏ってしまっているな、そんな流れを私たちの世代が作ってしまったんだなと感じました。
——仕事は大切だけれど、そればかりに偏ってしまうと、女性たちの心身に悪影響が出てしまうという懸念を前編でも語ってくださいました。
そうなんです。働き方も夢の形も人それぞれであってほしいし、それを支える産後ケアにも柔軟な形が必要だと思っています。
こうした経験を通して、制度とは机上で作れるものではなく、暮らしの中から必要性が立ち上がるものだと実感もしました。こちらが「こうすべき」と押しつけるものではなく、現場の声と行政の知恵が合わさった時に動き出すものだと思うんです。私はその橋渡し役をさせていただいたような気持ちでいます。
世田谷区の取り組みが示した“地域で産後を支えるモデル”
——世田谷区と協働されていましたが、こちらはどんなきっかけで始まったのでしょうか?
退院後に支援が途切れてしまう不安を、多くのお母さんが抱えていたことが出発点でした。助産院では「実家のように気にかけてもらえるケア」が自然に行われていましたが、社会の仕組みとしては十分に整っていなかったんです。
「退院してからは一番不安」「誰に頼ればいいかわからない」という声を行政も把握していて、地域としての支え方を一緒に考え始めたのが大きなきっかけだったと思います。
——世田谷区は東京都内でも先進的な産後ケア事業を提供していますよね?
「産後ケアを地域全体で支える」という視点を非常に早くから打ち出した自治体でしたね。区内の助産師さん、医療機関、民間施設、行政担当者さんが柔軟に連携できる土壌がもともとあったことも大きいと思います。
利用されるお母さんの状況に合わせて「宿泊型」「デイケア型」「アウトリーチ(訪問)型」を組み合わせられるようにした点も画期的でした。産後に必要な支援は人によって違うので、「選べる制度」があると使いやすいのではないでしょうか。
——どの自治体も利用者の立場になってブラッシュアップを試みているので、先進的な取り組みはとても参考になりますよね?
そう思います。私は世田谷区のほかに和光市の産後ケア立ち上げや、自治体職員向け研修、母子保健に関する国のプロジェクトなどにも関わらせていただいています。行政の方々が「どうすれば必要な支援が届くか」を本気で考えていて、現場の助産師さんたちと一緒に形にしていくプロセスは、とても貴重な経験です。
地域によってもニーズは異なりますが、「お母さんが安心して過ごせる場所をどうつくるか」という本質は共通。制度も施設も、そこに寄り添うための手段だと思っています。
世田谷区が実施する産後ケアの特長とは?
1)多様な産後ケア形態の併存
宿泊・デイケア・訪問と選べるため、家庭状況や好みに応じた利用が可能。
2)助産師との連携を重視
産後ケア事業を実施している各施設において、助産師を中心とした事業運営をしており、区が日常から連携をとる中で助産師の声を施策に反映させている。
3)家族支援への拡張
母親だけでなく家族全体を支えるという視点が早い段階から導入されている。
4)利用者負担の軽減とアクセスの改善
所得に応じた負担調整、申し込み窓口の簡素化など、利用ハードルを下げる工夫が多い。

行政・医療・地域・民間がつながるとき、“選べる産後ケア”が生まれる
——民間施設の立ち上げや運営もサポートされていますが、そちらの取り組みはいかがですか?
私が関わっている民間の産後ケア施設「ヴィタリテハウス」では、滞在そのものが“暮らしを立て直す時間”になるように、とにかく利用者の立場を最大限に尊重しながら設計しました。お母さんが自分のペースで休めて、赤ちゃんと向き合える環境があって、必要な時に助産師がそっと寄り添う──指導するという感じではなく、その人のリズムを取り戻すサポートを大切にしています。

——人によって必要な支えが違うという前提を踏まえながらも、産後期のママたちが安心できるように、人の温かさが伝わるように、という意図でつくられているのですね。
そうなんです。産後ケアは、画一的な“サービス”ではありません。大切なのは、その人が「ここなら安心してぐっすり眠れる」「何でも聞ける」「遠慮せずに泣いたり頼ったりできる」と思えることだと考えています。
それからもう一つ、母子が自分に合った支援を選べることも重要ですよね。行政、医療、民間、それぞれに強みがありますし、どれか一つが全部の役割を担うのではなくて、それぞれが連携し合って、全体として産後を支える一つの社会になれたら素晴らしいと思いませんか?
——今の産後ケアに必要だと感じるのは、どんなことでしょうか?
まず、“産後ケアは贅沢ではなく当然の権利”という認識を広め、社会のインフラとして整備していくことです。
そのためには、地域に「甘えられる場所・人」を増やすこと。訪問でも宿泊でも、どこかに安心して身をゆだねられる場があり、人がいる。助産師、保健師、医師、ドゥーラ、自治体職員……みんなが緩やかにつながり、社会として支えていくことが大切です。それが暮らしを立て直す大きな力になるのではないでしょうか。
——専門家として、これからどのような役割を果たしていきたいと考えておられますか?
私は、制度をつくる立場でも、現場を牽引する立場でもありません。むしろ、行政・医療・民間・地域の方々と学び合いながら、「どうすれば母子にとって一番いいか」を一緒に考えていく存在でありたいと思っています。
産後は、泣いてもいいし、誰かに頼ってもいいんです。そして、支える側が「もっと頼っていいんだよ」と優しく言える社会であってほしいと思います。
私はこれまで、本当に多くの方に助けられてここまで来ました。これからも学び続けながら、母子のそばにいられたらうれしいですね。



